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ディープラーニング(Deep learning)とアクティブラーニング(Active learning)の違い -教育のこれからにおける対照的なキーワードとその意味-

これからの時代の「教育」というテーマにおいて、対照的なキーワードを2つ整理しておきたいと思います。

 

それがディープ・ラーニング(Deep Learning)アクティブ・ラーニング(Active Learning)という言葉。

最近、様々な所でキーワードが出てきますし、またニュースなどで一度は聞いたこともある人は多いのではないかと思います。 

 

まずは、お決まりのWikipediaで検索してみた結果がこちら。

 

ディープラーニング(DeepLearning)

ディープラーニングから。

ディープラーニング深層学習: deep learning)とは、多層構造のニューラルネットワーク(ディープニューラルネットワーク、: deep neural network)の機械学習の事[1]。汎用的なAI、いわゆる強いAIの実現が期待されている[2]。概念・手法は1980年前後からあったが、2010年代に画像認識などから急速に盛り上がり、三度目の人工知能ブームと言われる[3]。第三次ブーム以後は、機械学習は単なる流行を超えて社会インフラとして広く定着して行った。コグニティブコンピューティングの核となる技術でもある。

ディープラーニング - Wikipedia

 

ん、、、、何とも微妙な表現。

 

ということで自分なりに解釈して整理してみると、ディープ(Deep)という名の通り深層学習とも表現できるでしょうか。

コンピュータ自身がデータの様々な特徴をより深いレベルで自分自ら学習します。

また、大量のデータをインターネットを介して入手することもでき、また技術の進化に伴って処理速度と制度も格段に早くなっていることからも、今後様々な分野での活用に期待されています。

 

アクティブラーニング(Active Learning)

続いて、アクティブラーニング。

 

アクティブ・ラーニングActive learning、アクティブラーニング)は、学修者主体の学習手法の一つであり、学修者が能動的(アクティブ)に学修(ラーニング)に参加する学習法の総称である。

最近の日本(特に学校教育を司る文部科学省)で、いわゆる知識詰め込み+問題練習(演習)授業では「新しい学力観」の目指す「自ら学ぶ力」をつけることができないという反省から推進されているおり、2016年策定、2020年実施[1]の学習指導要領の改訂に盛り込まれる[要出典]。 

 

こちらはまだ何となくイメージがつきやすいですね。

今までの教える側教わる側というのを超えて、体験学習などの行動(Action)を通して学んだり、グループディスカッションやディベートなどで自らが考える力を養い仲間同士でも考えるという目的があります。

また、一方で予備知識が必要なケースも多々でてくるので、主体的に調査したり自身の学習能力を養っていくというという側面もあるとのこと。

 

 

・ディープラーニング(Deep learning)

・アクティブラーニング(Active learning) 

 

これら二つを比較してみたとき、

 

コンピュータの強みである記憶容量や処理速度、精度に関しては人間は到底太刀打ちできません。

さらに言えば、人工知能が人間の知能を補うような存在になってさらにそれらを進歩させていくならば、やがて人間疎外・人間孤独になりかねません。

 

人工知能(Artificial Intelligence)が今以上に進化していくのは容易に考えられますし、人間はコンピュータとは違う領域の開発・開拓が必須になってくるとおもいます。

 

ロボットと人工知能、そして人間が融合していく社会を想定して、人間にしかできない領域、人間の新領域を伸ばしていくことが時代的な課題ですし、それが求められているように感じます。

 

人間知能を完成させる、本物の教育、人間一人一人を根底から変化させる革新的な教育が求められています。

 

私が思うにその変化のキーワードはずばり「認識」です。

 

認識の変化を通して人間の無限の可能性を花開かせていくことが可能にもなり、

また、主体的な個人がそれぞれの個性を発揮して、集団としても活躍できる集団知性体(Group Intelligence)をつくっていくことがこれからの時代の重要テーマにもなってくると思っています。

 

これからの時代で突き詰められてくる問題。

人間より知性の高い存在をどう越えていくのか?

 

人工知能( AI:Artificial Intelligence) vs 集団知性体( GI:Group Intelligence)

 

が重要なテーマになってきますね。

 

改めて、教育というものの原点に立ち返った時、

 

人間は、

・何を知るべきなのか?

・どこまで知ることで知ったと言えるのか?

・どのように知ればいいのか?

 

このことの理解をみなさんと共に深めていきたいとおもいます。

そして、人工知能に負けない人間をどう作って時代の危機を突破していくのか考えていきましょう。

 

私は人間知能を完成させる未来教育が、認識技術"観術"であると確信しています。

ぜひ、認識技術"観術"にも興味を持っていただければ幸いです。

 

人間にもDeepLearningをする時代

人工知能は、学習方式の革命によって飛躍的に進化しました。

人間が特徴量をインプットして、その条件のもとに計算や実行をしていた今までと比べ、 

機会が自ら学習して特徴量を把握できるようになった。

 

学習方式が変われば、全てが変わるということです。

人間の学習方式は、暗記中心で人類歴史ずっと変わりません。

 

日本語も英語も言語を覚えて言語でコミュニケーションする。

モノ・存在の形や名前を覚えてコミュニケーションする。

 

一人ひとりのイメージやロジックのズレが生じるのは当たり前で、

実はここに大きな問題と限界が隠れているのです。

 

言い換えれば、認識の結果だけを見てコミュニケーションするのではなく

認識の原因や認識の過程と言った、深いコミュニケーションができたとき

あらゆる問題が解決されていくことになるわけですね

 

人間の今までの学習方式を補うのは私はアクティブラーニングだとは思っていません。

人間に対するディープラーニングの学習革命。

 

これが必要なのではないかなと思っています。

 

www.normal-japan.net

 

 

 

 

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