IT・般若心経・量子力学の共通点から見えて来る宇宙の根源
私自身、大学時代は情報科学を専攻しており、C言語やJAVA言語などのプログラミングをやっていました。
コンピュータ画面の奥に広がっているコーディング。
どんなシミュレーションをするかで、出て来る出力結果が違う。
バグ対応をすることも楽しみながら、プログラミングの可能性を感じていたことを思い出しました。
スマートフォンがどんどん普及し、できる機能が増え、自由自在にアプリをインストールし、便利な世の中になったなと思う最近ですね。
時代を加速させたのはIT技術だなと感じる一方で、改めてこの仕組みというのは面白いなと感じます。
ただ、科学万能主義ではやっぱり限界だなと思うわけです。
頭が論理的になりすぎて、人間の心や考えが硬くなる。
論理も大事だけど、柔らかくほどけたイメージも大事。
つまり、科学と哲学、はたまた宗教。何が良い悪いではなく、全てバランスよく身につけて行く必要があると感じています。
しかし、科学技術と真逆の本質的世界を語る哲学・宗教。
目に見えて再現性が求められる科学
と
目に見えない抽象的なものを語る哲学・宗教
がどうやって融合していくのか。
そのキーワードをまとめておきたいと思います。
IT技術の仕組み
ついたり消えたりしているコンピュータ画面
パソコン画面をイメージしてみてください。
人間の視覚情報ではずっと画面がついているように見える。
しかし、実態はそうではありません。
画面には無数の点(ドット)があります。
全ての点が同時に光っているわけではなく、その一つ一つが高速で順番に光っているわけです。
人間の視覚からしたら、ずっとついているように見えるだけ。
人間の脳の癖を利用しているのが、コンピュータの仕組みなのです。
全ては0か1のパターンの組み合わせ
もう少し細かく見て行きましょう。
2進数という言葉を聞いたことがありますか?
人間が使っているものは10進数と言われる0から9の10個の数字ですが、コンピュータの世界では、全て0か1に変換されています。
コンピュータの世界では使われているものは基本0か1。
0と1の組み合わせによって全ての処理をコントロールしています。
コンピュータ画面の奥には、半導体に電気が流れる流れない。OnかOff。
そんな動きがウルトラスピードで繰り返されているわけです。
哲学の世界で語られるもの
「色」は「空」であり、「空」は「色」である
代表的なものに東洋では有名な般若心経を例にしてみましょう。
般若心経の中にはこういった言葉があります。
色不異空、空不異色、色即是空、空即是色
シンプルに「色」と「空」は同じだよということ。
色・・・人間の5感覚で見える現実世界のもの・存在などの「有」の世界
空・・・全ての時間空間存在がほどけた「無」の世界
つまり、「有」の世界も「無」の世界も同じだよという意味で解釈することができます。
量子力学のあったりなかったりする世界観
先ほどの、「有」の世界も「無」の世界も同時に起こっているということは、量子力学の世界でもずっと言われています。
人間の観測行為が働くから、波動が粒子という位置を特定できるようになる。
逆に人間の観測行為が働かない状態なら、波動状態で実在しない。
量子レベルのミクロな世界観では、あったりなかったりという奇妙な動きをしているということが実験によってすでに証明されていますね。
全てに共通する「デジタルの動き」
アナログとデジタルの違い
アナログ時計とデジタル時計でイメージしたらわかりやすいかなと思います。
アナログ時計は針が一周回り続けるように、常に連続した動きを続けています。
一方デジタル時計はと言うと、数字がついた後次の瞬間一度消えて、また新たに数字がつく。
不連続した動きが続いています。
あるものをずっと捉えるものをアナログ的
あったりなかったりするものをデジタル的
そう整理しましょう。
宇宙森羅万象もデジタルで整理
ITの世界も
般若心経も
量子力学も
人間の観点で見たら絶対固定であるように見えます。
しかし、それらの裏に隠された作動原理は全てデジタルの動き。
0と1がついたり消えたりしているように
有の世界と無の世界が切り分けられないもののように
波動性と粒子性が今ここ起こっているように
一番深く根本に隠れた作動原理は絶対固定ではなく
・あったりなかったり
・生まれたり死んだり
・ついたり消えたり
そんな動きが隠されています。
一番シンプルな世界から複雑が作られる。
その仕組みがわかったとき、科学も哲学も宗教も垣根なく大統合が起きていくのではないでしょうか。
再現性をもって伝達できるような新しい教育をこれからのスタンダード教育として一般常識化していきたいなと思う今日この頃です。