多様性を認め合う社会の実現のために必要なこと
”多様性”
この言葉をよく耳にするけれど、異なる多様性を認め合うとは簡単ではない。
それでも世の中は「多様性を認め合う社会」
マクロの観点では
人種
民族
国家
宗教
文化
芸術
など
また、もっとミクロなところでは
男女の性別による違い
上司・部下などのポジションの違い
親子など家族内での違い
など
違いを探せば多様な違いがありますね。
現実世界は条件づけられている
そもそも、この現実世界は条件づけられた相対世界と言えます。
国境という境界線が引かれることで国が生まれる
性別という境界線が引かれることで男と女という区別が生まれる
色彩という境界線が引かれることで白人と黒人や黄色人種などの区別が生まれる
何をとったとしても境界線が引かれることによって分離が生まれ、それが違いになってそれぞれの価値観になると思います。
この価値観は決して悪いものではないのは間違いありません。
それが個性でありオリジナルであり
自分そのものです
じゃあ何が問題なのかと言うと・・・・
私は、この価値観に固定してしまうことが問題だと思います。
自分が知った世界や価値観から自由になれない
多様性を認め合うとは、それぞれの価値観や観点を認め合い
より良い方向性へ結んでいくことだと思っています
相手がグーを出せば、パーが正しくてチョキが間違い
自分がパーを出せば、相手のチョキを否定し相手のグーを肯定する
このレベルに止まっていては
多様性を認め合うことは絶対にできませんよね
自分がグーも出せるしパーも出せる
それを相手もなぜ今その選択肢をしたのかが理解できる
お互いにグーもチョキもパーも自由に出せる共通土台を持った状態になったときに
条件・状況によって最善の選択がお互いの合意の上で出せていくのかなと思いますね
私は〇〇な人間だから・・・
あなたは〇〇だから・・・
〇〇の時はこうであらねばならない・・・
そういった自分の価値観に固定していれば
どうやって多様性を認め合うことができるでしょうか。
自分が知った世界から自由になること
だれもがこの基準点に心をセッティングできた時
本当の意味で多様性を認め合い、活かし合うことができる道に進んでいくと思います