ソクラテスの名言・”無知の知” 人間の知の本質とは?
私たちが普段何気なく使っている”脳”。
しかし、基準点でもあり根本土台であるこの脳そのものに不完全性があったとするならば、
そこに固定した状態からのイメージ、考え、感情、表情、言葉、行動、他者との関係構築まで、あらゆる部分に問題が生じてくることになります。
そして、さらに言えばその状態で知っている世界が増えて行けば行くほどに
ジャッジや相対比較が激しくなり
結果として自分や相手に対して◯×をし
何が正しいかわからず正しい判断ができなくなります。
では、ここで考えてみたいのが”知の本質”についてです。
そもそも正しく知っているということは「どこから」「どこまで」「どのように」知ったら正しく知ったと言えるのでしょうか。
この本質的な問いに対しては、私たちはどのような答えを出す必要があるでしょうか。
ソクラテスが「無知の知」という言葉を残していますが、そもそも人間というものは、正しく知っていることはひとつもありません。
自分が正しく知っているものなんて一つもない。
「知の不完全性」は正に哲学でも数学でも証明されているものです。
であるならば、人間という存在はこの世界に対する真実に到達できないということでしょうか?
いえ、それは違います。
脳の不完全性を根底から補いながらも、あらゆる知の整理整頓ができる技術によって
私たちは「知の不完全性」を超えていく必要性があります。
「どこから」「どこまで」「どのように」知ることが正しく知るということなのか?
知っている世界をどう整理整頓していくのか?
"知の本質"に対する明確な答えに是非出会っていただければ幸いです。
人工知能を超える革新的教育とは 〜メタ知識時代を開く教育2.0Version〜